ガラクタエッセイ

Yuta Kobayashi / ハヤシユウの活動記録、エッセイ。飽き性です。

暗闇に飲まれたい

ブラックボックス展」が会期を終えた。twitterで主催のなかのひとよ氏をフォローしていたので、その動きがなんだか気になっていた。

会期中はネタバレ禁止で、あることないことSNSで感想がつぶやかれた。「宇宙みたいだった」とか「めちゃつまらん」とか「叫んでる人がいた」とか「不思議な感覚、楽しかった」とか。いったいどんな展示をしたら、そんな不思議な感想が出てくるのか、昨日仕事中にちょっと考えてみた。

いろいろ考えたあげく、たぶんこれは引き算の展示なのだ、何かすごいものが展示してあるのではなく、なにも展示していないんじゃないか、と思った(なかのひとよさんだからというバイアスもはたらいて)。・・・そう思ってネタバレを調べたら本当に何も展示してなかった。ただ、完全なる暗室《ブラックボックス》に入れられて、出てくる、という展示だったらしい。なんだか批判的な意見が多いようだけど、僕は内容を知ってもなお遊びに行ってみたかった。

単純にすごいところは、その何もない展示を、SNSでの拡散や人の口コミをうまくつかってなにかある風にしていたところ、そのようす諸々を含めていいも悪いも含め「流れ」がうまれているところ、そこがまた今っぽくておもしろいところ。

 

話はブラックボックス展に限ったことではないのだけど、暗闇に飲まれる、という体験はけっこうぞわぞわして、安全が保証されていれば個人的には楽しいと思っている。

体験したことがない人もいるだろうけど、ちゃんとした暗室って、本当にからだが浮いているように感じるというか、もはや自分のからだはそこになくて、意識だけ漂っている感じを味わえるというか。自分の意識だけにフォーカスすることができる。

 

僕が体験したことのある暗室は、屋内では実は無いかも。だからこそ作られた暗室を体験したい。あのゾワゾワ感をもう一度味わいたい、という欲求がある。

暗闇体験、思い出せるところでは5年前の秋、上越の海岸線だったかな。詳細は省きますけども。とにかく恐怖と、浮遊感、なんです。

 

暗闇に飲まれることで、自分が自分では(何者でも)なくなり、意思がそこにある、という状態になる。誰も自分を(相手を)認知することはできない。触ることはできるのだけど、もしかしたら触っているのは人ではなく何か別のものかもしれなくて、それを証明するものは何もない。

そんな状態で、エンターテイメントを楽しむと、けっこうマジで楽しい。音楽聞いたり、ダンス踊ったり。オープンでこういうイベントやると誰かに怒られそう(&怪しまれそう)なので、非公式でこっそり友達呼んでいずれ暗室イベントをやりたい。