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ガラクタエッセイ

Yuta Kobayashi / ハヤシユウの活動記録、エッセイ。飽き性です。

「やめる」をもっとカジュアルに

何かを始めるとき、少しの燃料があれば簡単に走り出すことができる。反対に、何かをやめるとき、大きな摩擦を生じるブレーキを必要とする。その摩擦がなんだか気持ち悪くて、あてもなくだらだらと走り続けてしまう。

「やめる」ということのハードルが、今の日本社会ではものすごく大きい。新卒で就職した会社も、一度やめてしまうと再就職が難しくなる。結婚していた夫婦が離婚すると、「バツ」がついてなんだか世間の目が冷たくなる。

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人の考えや価値観なんて、どんどん移り変わっていく。その移り変わりのスピードが早い人もいれば、ゆっくりな人もいるだけ。一生不変な人なんていない。子供の頃はミュウツーになりたかった僕も、今は作曲家を目指しているのだ。

 

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仕事において、価値観が変わるとどうなるか。そのときベストだと思っていた仕事も、ベストではなくなる。いざ、会社をやめようとすると、「はいったときは意気揚々と抱負を語っていたじゃないか」と咎められる。けれども、それは嘘ではないのだ。そのときは本当にここで頑張りたいと思っていたけど、時の流れとともにその価値観が変わっただけ。だから、逆にその会社で頑張っている今が、嘘をついている状態になる。

この嘘は誰に迷惑をかけているのか?もちろん自分の精神に、だと思う。それがまわりに波及して周りの雰囲気も悪くなったりする。

自分の人生は、いつでも自分が最優先でいいと思う。会社をやめたら誰かに迷惑がかかるとか、そんなことを考えないで、自分に迷惑をかけない道を選びたい。

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とは言いつつも。やめるということのハードルがめちゃくちゃ高い。自分の最大のジャンプ力では超えられないかもしれない。踏切版を使って、やっとこさ飛び越えた後に、着地失敗して骨折するかもしれない。そんなハードルの高さを、超えられる自信がない。

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現状、僕にはどうすることもできないけど、僕は積極的にいろいろなことをやめていきたいと思う。その流れが少しずつ、じわじわと世間ににじみ出て、「ああ、気軽にやめてもいいのかもしれない」と思う人が増えていけば、少しだけ生きやすくなる気がします。