ガラクタエッセイ

Yuta Kobayashi / ハヤシユウの活動記録、エッセイ。飽き性です。

この鈴の音色を聞いている限り、ばあちゃんの愛を思い出せる

ばあちゃんに、鈴をもらった。

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ばあちゃんの家へ行った。現在住んでいるところから電車で1時間、そこから歩いて30分。前回ばあちゃんの家へ行った際に車を置いてきたため、今日は車を取りに行った。電車に乗っている途中で、肝心の車の鍵を忘れたことに気づき、近くの駅で降りて引き返すことにした。ばあちゃんに遅れる旨を電話すると、「ばかだねえ、あんた、そげだいじなもん忘れるなんて」と言ってきたけど、その声はめちゃくちゃ嬉しそうだった。

家へ着くと、「車の鍵なくさんようにね」と音のなる鈴をもらった。「なくしたわけじゃなくて、忘れただけなんだけど」となんとなく言い返してみたけど、半ば押し付けのように鈴をくれた。まあ、キーホルダーも欲しいと思っていたし、せっかくなのでもらうことにした。

 

ばあちゃんは、2004年10月23日の中越地震の震災前まで、長岡市旧山古志村に住んでいた。震度7の震災で柱が折れ、家が全壊。それから仮設住宅に入り、2年後に現在の自宅を建てる。11年半のときがたった今、僕が「山古志で何かやりたい」、いや、正確には、「安くて、山の中で、自由に使える土地・建物がほしい」と思いたち、山古志のことを思い出して、相談してみた。前回、ばあちゃんに会いに行った理由はそんな感じ。

じいちゃんは、今の家を建てた後、がんで死んでしまったみたいだ。みたいだ、というのは、当時のことをあまり知らない。

今まで書いてきた「ばあちゃん」「じいちゃん」は、父方の祖父母である。僕の両親である父と母は、幼いころに離婚してしまい、僕は母に引き取られた。それから、父親含め、父方の祖父母とは疎遠になってしまった。

それからしばらく、母と、兄と、祖母(母方)と、僕、の4人で暮らしていた。母方のじいちゃんも、僕が生まれる前に他界していたので、会えることはなかった。それから10年以上の月日が経って、色々な事情があって、ばあちゃんは施設へ。母と兄と3人で引っ越しをし、ますます父方の家とは疎遠に。兄は結婚し、家を出て、僕もふらっと家を出てしまい、父方の祖母も独り身で、なんだか、家族が完全にバラバラになってしまったようで、冷静に考えると本当にさみしい。

そんな中、ふとしたきっかけで、父方のばあちゃんと再開した。ばあちゃんとは、15年ぶりくらいの再開だろうか。「お前に会えると思ってなかった。ずっともやもやしてたのが晴れた。本当に嬉しいよ。」と涙をぼろぼろ流して、僕もしっかりもらい泣き。長い月日が経って、子供の頃とは体のサイズも顔つきもしっかり変わって、それでも目を見て思い出してくれて、こっちだって本当に嬉しい。

家庭事情ではあるけど、僕だって、父親にも、父方の祖父母にも、母親にも、母方の祖父母にも、親戚にも、みんなに会いたい。できることなら、みんなで一緒に集まりたい。たぶん、実現不可能なんだろうけど、それがダメなら、結婚式だって2回挙げたい。父方の家にも、母方の家にも晴れ舞台を見せたい。

 

そんなばあちゃんに、山古志の土地を使わせてもらうことになった。ばあちゃんだって若くないから、自分の子供の顔を見せてあげれるか、確証がない。山古志の楽器屋を見せてあげれるかもわからない。けれども、この鈴の音色を聞いている限り、僕はばあちゃんの愛を思い出せる。

ばあちゃんの望むことはなんだろうか。山古志の復興か?楽器屋の成功か?いや、自分の子供や孫が、楽しそうに、いきいきとしていて、元気な姿を見せてくれることだろう。お金はそんなに無いけれど、山古志でどんなおもしろいことができるか、今からわくわくしている。

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