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ガラクタエッセイ

Yuta Kobayashi / ハヤシユウの活動記録、エッセイ。飽き性です。

歩み寄るくらいなら、一緒に住まない方が良い

恋愛について考える 暮らし

シェアハウスのような共同生活の場に住んでいると、多様な人がいて、多様な考えがあって、多様な行動があることを、身にしみて感じる。当然、共同生活では不満が出ることだってある。価値観の違いでちょっとした言い合いになったり、小さなことでは、靴の揃え方だったり、ご飯の食べ方だったり。

育ってきた場所も違えば家庭も違うし、好きなものだって違う。今、住んでいる場所がたまたま同じくらいだ。

そんな中で、些細な不満をいちいち気にするのはナンセンスだ。共同生活でそんなストレスをためていると、自分にとっても(精神を病み、身を壊すかもしれない)、相手にとっても(怒りっぽくなって、ケンカをふっかけてしまうかもしれない)危険だ。

相手が不満を言葉にしてくれて、たとえば「帰ってきたらちゃんと靴を揃えてよ」と言うかもしれない。自分にとってそれが簡単なことなら直せばいいけど、育ってきた環境の中でどうしても抜けない癖になってしまい、無意識にとってしまう行動であるなら、直しようがない。お互いが歩み寄ることは、難しいのだ。

共同生活にとって大事なことは、お互いが歩み寄ることよりも、自分がおおらかになって、少し距離をとって、なんでも許してあげることかもしれない。それができないなら、共同生活は諦めたほうが良い。無関心でいるくらいがちょうどいいのだ。

 

先程から共同生活、共同生活、と何回も書いているけど、これは同棲や結婚にも当てはまるのではないか、と思ってこの言葉を選んでみた。歩み寄ってストレスを貯めるくらいなら、一緒に住まないほうがいい。歩み寄らなくてもいいくらい、価値観や行動が似ている人か、一緒に住んでもお互いの癖をあまり気にしない、おおらかな人を探した方が、お互いストレスフリーでしあわせな生活を送れると思う。