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ガラクタエッセイ

Yuta Kobayashi / ハヤシユウの活動記録、エッセイ。飽き性です。

「とける」ような感覚を味わう

人間の、究極の気持ちよさとは何か。

 

ぽかぽか陽気の日にピクニックをすることか。

好きな人とセックスをすることか。

大好きな楽器の演奏に没頭することか。

寒い冬の日に温泉に浸かることか。

 

最近、僕の中で一つの答えが明確に出た。

 

本当に気持ちいい状態というのは、「とける」ような感覚を味わっているときだ。むしろ、感覚を通り越して、本当にとけているのかもしれない。僕はこの感覚を(たぶん)2回味わったことがある。

 

1回目は、ピアノを練習していたときだ。本当、何気なく、ピアノを弾いていたと思う。おそらく、ほとんど無意識だったんだろう。練習というよりは、遊んでいたのかもしれない。

しばらくピアノと戯れていると、少しずつ指が軽やかに動くようになってきた。そして気づくと、今まで何回練習しても弾けなかったフレーズが、なんだかすらすら弾けている。「次はこの指をここに動かす・・・」「テンポをよれないように・・・」といった難しいことは一切考えず、勝手に指が動いていた。

自分の指が、自分の指でないようで、少しだけ離れたところから自分を見ているような、そんな感覚。指の境界が空気ととけあって、鍵盤にぴったり吸い付いているような、そんな感覚。コトバにするのは難しいけど、ひとことで言うと、自分の指が、体が、「とけて」いた。

この瞬間は、自分の弾きたい曲がストレスなく軽やかに弾けて、本当に気持よくて、幸せだった。マラソンでいう、「ゾーン」のようなものかもしれない。無意識に続けているとここに入るのか?これを引き起こす要因はいまだに分からないけど、とにかくふしぎな体験だった。

 

2回目はとあるカフェでカレーを食べていたときだ。春先のぽかぽか陽気の、窓際の席。光が差し込んで暖かく、窓からは大きな青空と川が見える。そして、ゆっくりと、カレーを食べた。ゆっくり食べる、というのは、気持ちよさを作る上で、僕はけっこう大事なことなんじゃないかと思っている。

そのときも、相変わらず女の子と一緒に来ていた僕は、その子と仕事の話や恋愛の話をして、体の内側からも少しずつ熱くなってきた。

カレーを食べ終わる頃には、自分の体が店内のぽかぽかの空気ととけ合って、なんだかとってもふわふわしていた。これもまた本当に気持ちよくて、ゆっくりとその幸せをかみしめていた。何のために生きているのかまだよくわからないけど、こんな瞬間を重ねていけば、幸せな人生なんじゃないか、と思った。

 

たぶん、強烈に覚えているのがこの二つ名だけで、まだまだ「とける」感覚を味わっていたことはあるだろう。どんなきっかけで「とける」のかまでは答えが出せてないけど、自分の経験から、こんな要因がありそうだ。

 

  • 快晴・ぽかぽか陽気
  • 脱力している・無意識でいる
  • 好きな人と一緒にいる
  • 大好きなことをしている
  • 焦らず、ゆっくりしている
  • 体の内側から暖かくなる