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ガラクタエッセイ

Yuta Kobayashi / ハヤシユウの活動記録、エッセイ。飽き性です。

三月の風が吹く

ガラクタエッセイ

三月の風をあびると、二年前の今頃を思い出す。厳しい寒さはやわらぐものの、まだまだ冷たい風の中には、たしかに春の訪れを感じさせる温もりがある。毎年、この風をあびると、春が来たことを体で実感する。

 

二年前の三月、僕には三つの転機があった。一つは、彼女と別れたこと。一つは、粟島へスローライフを送りに行ったこと。そして三つめは、今までにない、「好き」を体験してしまったこと。このあたりを境に、人間関係が変わり、幸福度が増していったように思う。

 

三月の風で直接思い出すのは、粟島でのスローライフだ。けれど、記憶はそれぞれ独立しているわけではなく、時間軸の中で強い結びつきを持っている。粟島を思い出すと、そのときの人間関係も思い出す。三月はそんな季節だ。

 

粟島では、一ヶ月の牧場生活を送っていた。朝6時に起きて、体操して、8時から12時まで牧場で馬の世話、昼からは散歩やサイクリング、家で作曲、という精神的にも身体的にも健康な生活を送っていた。ノイズは何もない。ご飯は海藻や魚が中心で、糖分や肉は無し。昼には波音を聞きながら馬とじゃれ合って、夜には広大な星空を見る。基本的には一人での生活で、同年代の友達もいないものだから、ものすごい寂しさを感じていたけど、心を空っぽにできるいい機会だった。

 

 

今、僕は恋愛や性について、強い興味関心がある。人間、悩むことに対しては当事者意識を持ち、深く考えるようになる。僕の場合は、恋愛がそうだった。

前々から「とりあえず恋愛もセックスも経験しておきたい」と思って、念願かなって20歳で彼女ができ、一通り経験したが、なんだか肌に合わない部分が多かった。そんなときに、一緒に旅行をしていた女の子に強い「好き」を感じた。ただ、一緒に歩いて他愛もない話をしていただけなのに、その瞬間に今まで感じたことのない楽しさ、幸福感があって、(なにこれ?)と混乱に近い感情とともに涙が出た。相手にとっては迷惑な話、勝手に運命を感じてしまった。

これが全部二年前の三月のこと。

 

そこから、その女の子と恋愛をしたいと思うようになり、へたくそで不器用なアプローチもしたけど、あまりうまくは行かなかった。その一方で、別に恋人じゃなくても、本当に楽しく時間を過ごすぐすことができて、「付き合う」というのは必要なのだろうか?と思ったりもした。

 

この二年間、いろいろ悩んだけど、自分なりに幸せに生きることができた。何が正解かは分からないけど、そのときそのときの判断は、以前よりも自信を持ってくだせるようになった。

 

今年も三月の風が吹く。

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