ガラクタエッセイ

Yuta Kobayashi / ハヤシユウの活動記録、エッセイ。飽き性です。

恋人じゃないけど、マシュマロちゃんとデートをしている

マシュマロちゃん(もちろん仮名)という女性のお友達がいる。マシュマロちゃんという名前は、今日名付けた。雰囲気の柔らかさとか、ファッションの白い感じとか、なんでも受け止めてくれる感じとか、甘くてフワフワな感じとかが、マシュマロっぽなって思ったから。

出会ったのは3年くらい前・・・だと思うんだけど、その頃の記憶ははっきり残っていない。当時、お互い学生だった。去年の10月に二人で遊んだのをきっかけに、急激に仲が縮まった。この辺の話はまた機会があれば。

今日も年明け早々、マシュマロちゃんと一緒に遊んだ。一緒に遊んだんだけど、これは他の人から見たらデートと呼べるものかもしれない。

一緒にイルミネーションを見に行って、突然後ろから抱きついたり、その後ファミレスに行って、お互いに「好きだよ」と言い合ったりしていた。

僕たちは付き合っているわけではないけど、やっぱりただの友達でもない、と思っている。

そもそもなぜこんなに仲がいいかというと、価値観が驚くほど似通っているからだ(と感じている)。特に、「性」のテーマに関して、似た意見を抱くことが多い。

僕は、「お付き合いをする」ということが、正直言ってまだ良く分からない。付き合うと何が変わるのだろうか。

好きだよって言い合える?デートができる?セックスができる?

少なくとも、前の二つは現時点でできているし、セックスだって機会があればできると思う(おそらく本人が見ているところに書くもんじゃないよね)。

 

「付き合ってもいないのに、そんなことをするのはヤリチン野郎だ」と思われるかもしれないが、付き合っているというのは、ただの免罪符のような気がする。人間、誰だって好きな人と一緒にいたいし、スキンシップだってしたい。がしかし、その反面、相手にとって迷惑ではなかろうか、という罪悪感がつきまとう。

「付き合う」というのは、付き合っているという「状態」が免罪符になり、言ってしまえば「楽」なんだと思う。付き合っていれば、好きだよって言っていいし、触っていいし、セックスもしたいときにしていい。

 

ただ、付き合っていなくても、好きな人はいる。

マシュマロちゃんもその一人で、今も恋人のような時間を過ごしているけど、やっぱり「付き合う」というのはまだよく分からない。

二人の関係性は、友達じゃないような気もするし、恋人でもないし、かと言って不自然ではなく、かなり自然体な関係だと思う。この関係性について、これからも(自分事だけど)見守っていきたい。