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ガラクタエッセイ

Yuta Kobayashi / ハヤシユウの活動記録、エッセイ。飽き性です。

「働き方」「暮らし方」の選択肢を増やすこと

ハヤシユウ(@884yuu)です。人生は、楽で(生きやすくて)、楽しい(充実感がある)。と思っています。その一方で、世の中には生きづらくて生きづらくて、毎日がツライ、という人もいます。この違いは一体何なんでしょうか。

自分の「生き方」と「生きている世界」がずれていないか?

生きづらさの原因は、すべてここにあるような気がしています。自分の生き方と、生きている世界がずれていること。具体例を上げると、たとえば、「怒られるのが嫌いなのに、日々怒られるような職場にいる」「家族のことあんまり好きなじゃないのに、なんとなく一緒に住んでいる」というような。 僕はたまたま、「生き方」と「生きている世界」があっているのだと思います。

  • 好きな作曲でお金を(多少なりとも)得ることができている
  • 誰にも怒られたくないし、誰にも怒られてない
  • 好きな人・会いたい人とけっこうちょくちょく会っている
  • 家族のことが苦手なので、実家を脱出してシェアハウスに住んでいる

などなど。さきほど「たまたま」と書きましたが、ここに至るまでは、やはり色々な経験がありました。

経験や知識を通して、選択肢を広げていくこと

そこで必要になるのが「選択肢の多さ」です。例えば、ムエタイのことを知らない人がムエタイの選手になりたい!とは思わないですよね。色々なスポーツを調べて、経験してみることで、その楽しさがわかってきます。 今、なんか性に合わないけど、仕事を続けている・・・とか、性に合わないけど実家で暮らしている・・・と言った人は、別に自分が悪いわけじゃないんです。これも、「たまたま」自分とその環境があっていないだけなんです。そのときに必要なのは、「他の選択肢はないか?」と考えること、また、その選択肢の多さです。 僕がネットで作曲で仕事をしているのも、 お金ないからバイトしてる→シフト多いし、楽しくないし、制服洗うの面倒→自分だけでお金稼げないか?→商売はお金の計算とかものの動きがダルそう→ネットでなんか出来ないか?→株式投資良さそう、アフィリも良さそう→あ、でも本業の作曲でもお金を生みたい→twitterクレオフーガの西尾さんがこおろぎさんを紹介している→この前、音源紹介で見た人だ!→こおろぎさんが収入公開や稼ぐコツなどを書いている→参考にする という経緯があります。かなり端折っていますが。自分で働き方をいろいろ調べて選択肢を広げて、なおかつ、twitterでも情報を仕入れて、ここでも選択肢を広げて。そうしているうちに働き方に対しての感度が高くなってき、働き方には複業があるとか、月3万円ビジネスがあるとか、お金にならない仕事もあるとか、そういった情報がどんどん入ってくるようになりました。 シェアハウスに関してもそうです。実際シェアハウスを作ってみて、運営してみて、他のシェアハウスにも遊びに行って、新潟のシェアハウスを調べてみて、そうしたらシェアハウスの情報が勝手に入ってくるように。それに付随して、「住居」や「暮らし方」に関しての選択肢もかなり広がりました。そのおかげで、暮らしたいところや旅行したいところがすごく増えています。

お話しにくい?性のところ

最後に、僕がいつも嘆いていることではありますが、性については選択肢云々の前に、タブー視されて議論すらされないですよね。暮らし方とか働き方とかの前に、次の世代に歴史を受け継いでいく、一番大事なところだと思うのですが。 どんな恋愛のカタチがあるのか、もっともっと自由でいいと思うんですけど、やけにこのテーマに関しては世間的に選択肢が狭いような気がします。「お互いが良ければ複数の人と交際するのもよくない?」とか言っても、大半の人には引かれちゃう。 え、良くない?

僕の人生は楽で、楽しい。と書きましたが、性のあり方については(おそらく僕がマイノリティなので)いまだに生きづらさを感じています。

事例を増やすことで選択肢が増える

色々書いてきましたが、性生活も、暮らしも、仕事も、選択肢が増えるということは、事例が増えるということだと思います。そして、その事例が広く紹介されることで、多くの人に認知されること。そうして、一つの文化として成り立っていくのだと思います。 こんな働き方があるよ!という珍しい人にインタビューして特設記事を書くとか、先日行った3Pセックスの話を友人とするとか、山奥の小屋で一人暮らししながらブログを書くとか。 なんていうか、世界はもっともっとカラフルで、ヴァリアスな世界のはず。僕たちがまだ知らないだけ。もっともっと、世界の驚くような暮らしや仕事や恋愛を知りたい。人生は短い。